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東京地方裁判所 平成7年(ワ)2187号 判決 1996年5月21日

原告

A

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

松田英智

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告の請求

被告は原告に対し金三〇〇万円を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (事故の発生)

原告は、平成六年八月二二日家族と共に東京都江戸川区所在の東京都立葛西海浜公園で海水浴中、同日午後五時ころ、同公園内の水深約五〇センチメートルの所で海洋生物で毒針を持つエイ(アカエイ)により右手親指を刺された。そこで、江戸川区内の森山病院・藤崎病院・江東病院等で治療を受けたが、エイの毒性が強く、右長母指伸筋腱断裂・右示指伸展不全の後遺症が残った。

2  (責任原因)

事故が発生した場所は被告が管理する東京都立葛西海浜公園内にあるところ、被告には左記に述べるいずれかの義務違反があるから、国家賠償法一、二条又は民法七一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(一) (看板等の設置義務)

被告の設置する海浜公園にはエイのような危険な海洋生物が生息するのであり、かつ同公園は外国人も利用するのであるから、被告は同公園の入口に、多国語及び写真により危険な海洋生物が生息する旨の大型看板を置いて利用者に注意を促すべきであったのにこれを怠った。

(二) (多国語による放送義務)

前記のとおり被告の設置する海浜公園にはエイのような危険な海洋生物が生息しかつ同公園は外国人も利用するのであるから、被告は、日本語以外の言語である中国語等の多国語により、同公園内には危険な海洋生物が生息するので注意するよう、アナウンスすべき義務があるのにこれを怠った。

(三) (網による封鎖義務)

被告の設置する海浜公園においては人が海水浴等に利用することもあるのであるから、エイ等の危険な海洋生物が人に危害を加えるのを防ぐため、被告には、安全網で海面と海底を封鎖してこれらの危険な生物の侵入を防ぐ義務があるのにこれを怠った。

(四) (展望台と望遠鏡による観察義務)

前記のとおり海浜公園にはエイ等の危険な海洋生物が生息する可能性があるのであるから、同公園を設置する被告としては、利用者の安全を図るため、高塔展望台を設置して望遠鏡による観察を行い、利用者に危険な状況を発見したときは直ちにその旨を通告すべき義務があるのにこれを怠った。

(五) (医師・救急車等の配置義務)

被告の設置する海浜公園においては利用者がエイ等の危険な海洋生物により危害を加えられるおそれがあるのであるから、同公園を設置する被告としては、危険な海洋生物の知識を有し緊急の治療に精通する医師及び救急車・救急薬等を配置して突然の事情に対処すべき義務があるのにこれを怠った。

3  (損害)

被告の右有責行為により、原告は次のとおりの損害を被った。

(一) 治療関係費

金一八三万五六六九円

(1) 原告は、前記1の三病院の手術・入院費用として合計金五二万九四九〇円を支払った。

(2) 医師は原告の症状回復のため再手術の必要があると述べており、その手術費用予定額は金一二五万二四九〇円である。

(3) 原告は、これまで入通院等に伴う雑費・交通費等として、合計金五三万三六八九円(一五万円+一〇万円+一八万三六八九円+一〇万円)を要した。

(二) 休業損害

金七二万三〇〇〇円

原告は、本件事故により三か月以上も中華料理人としての仕事を休み、その結果、給料相当分金七二万三〇〇〇円の休業損害を被った。

(三) 後遺症による逸失利益

金一〇〇万円

原告は本件事故により、前記1掲記の後遺症が残り、その結果、今後八年間は継続勤務予定の職場(中華料理店)で料理人として完全な仕事をすることは不可能であって給料アップは期待できず、その逸失利益額は金一〇〇万円を下らない。

(四) 慰謝料 金一〇〇〇万円

原告は、前記のとおりの経緯で右手親指に傷害を受け、その治療のため入通院を余儀なくされ、前記のとおりの後遺症が残った。これらに基づく精神的苦痛を慰謝するには金一〇〇〇万円を下回らない金員を要する。

4  (まとめ)

よって、原告は被告に対し、国家賠償法一、二条又は民法七一五条に基づき、右損害賠償金合計金一二五五万八六六九円の内金三〇〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2冒頭の事実のうち海浜公園を被告が設置していることは認め、その余は争う。

(一) 同2(一)の事実は否認する。

被告は、本件事故当時においても、海浜公園入口付近に、公園内における禁止行為・注意事項等についてイラスト入りで説明した看板を掲げており、たとえ来園者が外国人であっても通常の注意力を有していれば容易にその内容を理解できるものである。

(二) 2(二)の事実のうち、日本語以外の言語によりアナウンスしていないことは認め、その効果は争う。

(三) 同2(三)の事実のうち、被告が公園として管理する海域内を安全網で封鎖していないことは認めるが、その効果は争う。

原告が刺されたと主張するエイは、通常海底に腹這いになっている習性の魚であり、人がエイを捕獲する等の攻撃的行動をしないかぎり特に人を刺したりするものではなく、現実に海浜公園においても、人が誤ってエイを踏んだために刺されたという訴えが極めて稀にあるだけであり、その場合も温湿布等の処置によりまもなく回復し、後遺症を伴うような事故は発生していないものである。

また、仮に、原告が主張するごとく、エイにある種の危険性があったとしても、そもそも、海や海岸は何人も他人の共同使用を妨げない範囲で、自由に使用できる自然公物であり、海水浴等は特段地方公共団体の海水浴場等の開設をまつまでもなく自由にできる行為であること、海水浴場等は不特定多数の者に何らの制限なく無償で利用に供されている場所であることに照らせば、これに伴う危険を回避する義務も本来海水浴等をする者自身にあるといわなければならない。この理は、海浜公園の場合にも妥当するものである。また、海水浴場等が通常備えるべき安全性を備えているというためには、利用者の能力により防除しきれない外的危険、例えば、水深の急激な変化や急な潮流等について安全措置が講じられていることが必要であるとしても、通常海水浴場等の海の中に生息するエイ等の魚介類の存在がこの外的危険に該当しないことは明らかというべきである。

さらに、仮に原告主張のごとく、公園が管理する海域内を安全網で封鎖するためには、海浜公園の約七〇〇メートルにわたるなぎさを網目の細かい安全網で覆い、海洋生物が侵入しないようにする必要があり、その設置、維持補修等に要する人的、物的設備等を考えると、このような処置を講ずることは非現実的であるといわざるを得ない。

そして、そもそも、海浜公園の設立趣旨は、魚介類等の海の自然を保全し、都民に水辺のレクリエーションの場を提供することにあるのであるから、原告主張のごとき措置を講じたのでは、魚介類等の多くは海浜公園の管理する海域内に生息することはできず、海浜公園の設立の趣旨を没却することになってしまう。

(四) 同2(四)の事実は否認する。

被告は、本件事故当時においても、海浜公園事務所・案内所等において望遠鏡等を使用して観察を行い、随時利用者に対し注意を払っていたものである。

(五) 同2(五)の事実は否認する。

被告は、本件事故当時においても、海浜公園では救急薬品を準備して応急処置を行うとともに、必要に応じて直ちに救急車を要請し医師の診察を仰げる体制をとっていたものであり、こうした体制により充分に事故に対応することができたのであるから、原告主張のごとく、医師及び救急車を海浜公園に配置しておくべき義務を負っているものではない。

3  同3(一)ないし(三)の事実は知らない。同3(四)の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証の一、二、第八ないし第一一号証、第一三、一四号証、証人飯沼武近の証言、原告本人尋問の結果、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨を総すれば、請求原因1の事実(原告が平成六年八月二二日に葛西海浜公園においてエイに刺され後遺症を負ったこと等)を認めることができる。

二  被告の責任原因の有無

1  前記一掲記の各証拠等に乙第一ないし第八号証を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故が発生した葛西海浜公園は、地方自治法二四四条(公の施設)・東京都海上公園条例(昭和五〇年一〇月二二日条例一〇七号)に基づき平成元年六月に開設されたものであり、その目的は、主として水域における自然環境の保全及び回復を図るとともに、水に親しむ場所として都民の利用に供することを目的としている(同条例三条二項)。同公園は、東なぎさと西なぎさに分けられ、このうち東なぎさは保全区域として一般利用者の立ち入りは制限され、一方、本件事故が発生した西なぎさは、一般利用者が海とのふれあいができるゾーンとして開放されているが、海に生息する動植物の採取や水泳・サーフィン・プレジャーボート・釣りは禁止されている。

(二)  同公園西なぎさの入口である葛西渚橋(なぎさ橋)の上には入場門があり、入場料は無料であるが午後五時から翌朝午前四時までは立ち入りが禁止されており、それ以外でも暴風雨・高潮等のときは臨時閉鎖されることとなっている。

また、入場門を入った左手には、利用案内を記載した高さ約二メートル横幅約三メートルの立看板と高さ約一メートル横幅約五〇センチメートルの立看板がそれぞれ設置されており(別紙図面③参照)、そのうち前者の立看板には図入りで利用案内が記載されていて、本件事故の原因と考えられるエイについても図入りで「アカエイに注意」「猛毒があります」と書かれている(なお原告は、右看板は本件事故時にはなくその後に設置された旨主張するが、乙第六、七号証によれば右看板は本件事故前の平成元年に設置されたことが認められるので、右主張は採用できない。)。

(三)  また、別紙図面②からも明らかなように、本件事故が発生した西なぎさは、海面の一部を凹型に砂浜で囲まれているものであり、開口部には利用者が深みに入り込むことのないよう二ないし三メートル間隔で一〇〇本程度の棒くいが打たれているのみで網などは張られておらず、基本的には砂浜と海面という性格を有しているものである。そして被告は、前記看板のほか、日本語により案内放送をしたり、職員又は委託を受けた者が巡回する等して同公園を管理している。

(四)  一方、同公園において来園者がエイやクラゲに刺される事故が年に一〜二回発生する(なお、原告が刺されたと思われるエイは、海底に腹這いになっている習性の魚であり、人がエイに刺されるのは、誤って足で踏んだりしたときにその足が刺されるような場合である。)がその怪我の程度は軽微なものであり、原告のように後遺症が残るほどの事故は開園以来ない。また来園者が何らかの事情により怪我をしたときは、被告としては、基本的には利用者の責任で治療してもらう体制となっているが、応急措置の要望に備えて公園施設内に救急箱が用意されており、また職員等が救急車手配の要請を受けたときは速やかにこれに応ずることとなっている。

(五)  原告は、前記のとおり平成六年八月二二日午後五時ころエイに刺されたので、そのころ同公園内の案内所(別紙図面①参照)で被告職員から熱いタオルによる温湿布とアンモニア水の塗布という応急措置を受け、次いで砂浜からなぎさ橋を渡ったところで被告が同公園の警備を委託していた警備職員に再びエイによる怪我のことを申し出たことから、警備会社の車両で、別紙図面①に事務棟と表示されている管理事務所次いで葛西臨海公園駅の駅前交番まで送り届けてもらい、同交番横から、管理事務所職員の要請により出動した江戸川消防署の救急車により江戸川区内の森山病院に搬送された。

2(一)  ところで原告は、本件事故につき国家賠償法一条、二条、又は民法七一五条に基づき被告に対し損害賠償を請求するが、事案に鑑み、まず国家賠償法二条に基づく被告の責任の有無について判断する。

(二)  国家賠償法二条一項にいう公の営造物とは、行政主体により直接公の目的に供される有体物をいうと解されるところ、前記認定のとおり、本件事故が発生した葛西海浜公園は、普通地方公共団体である被告が人的・物的施設を配置して前記のような内容を有する海浜公園として開設し利用者の利用に供しているものであるから、被告が設置管理する公の営造物ということができる。

(三)  次に国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解されるので、以下、被告による本件海浜公園の管理が通常有すべき安全性を欠いていたか否かについて検討する。

本件海浜公園は、被告による管理がなされているもののその基本的性格は前記のとおり自然公物たる砂浜と海であり、古来から人は、海とは、そこに生息する生物との関係も含め、自らの責任において付き合ってきたものであり、海水浴その他により海を利用することによる危険も原則として自らの責任において回避すべきものと解するのが相当である。もっとも、普通公共団体が特定の海域と海浜につき前記内容の海浜公園を開設した場合は、これを利用する者に海浜公園の安全性に対する信頼と期待が生じることは否定できないから、普通地方公共団体が海浜公園を開設した以上、右の信頼と期待にこたえるため、安全性に関しある程度の人的・物的設備を備える必要があることはいうまでもない。

このような観点から本件海浜公園を利用する者がエイ等の海洋生物により危害を加えられる場合の安全性の基準について考えてみると、前記のとおりエイはもともと攻撃的性格ではなく、本件事故以前に公園利用者がエイ等の海洋生物に刺される等して怪我を負ったのは年に一〜二回程度であり、その怪我の程度も軽微なものであったというのであるから、同公園を管理する被告としては、利用者に対しエイ等の海洋生物に注意するよう警告する措置を講ずるとともに、応急措置がとれるようアンモニア水等の薬品を常備し、場合によっては救急車等の手配が迅速にできるような体制を備えておけば足りるというべきである。

(四) 原告はまず、被告は本件海浜公園には危険な海洋生物が生息することを表示した看板を、多国語及び写真により設置すべきであった旨主張するが、前記のとおり本件海浜公園の西なぎさ入口に日本語と図入りでその旨の警告を記載した看板が設置されていた(外国語で記載されていなくてもエイ等の図が描かれているから不十分とまでいうことはできない。)のであるから、原告の主張は前提を欠き失当である。

次に原告は、多国語の放送により同公園内に危険な海洋生物が生息する旨を警告すべき義務があったと主張するが、前記(三)で述べた次第により、被告に対し右のような義務を措定することはできない(前記のとおり日本語により案内放送は随時行われていたのであるが、それ以上に外国語による放送までを行うべき法的義務はない。)というべきであるから、原告の主張は失当である。

次に原告は、危険な海洋生物の侵入を防ぐため同公園の開口部を網で封鎖すべきであった旨主張するが、前述したような海と人との関係、本件海浜公園の性格、網を張ることの費用等に鑑みると、被告に対し右のような義務を法的義務として措定することはできないというべきであるから、原告の主張は失当である。

次に原告は、展望台を設置して望遠鏡による観察を行い利用者に危険な状況を発見したときはその旨を利用者に通告すべきであった旨主張するが、そもそもエイのような海洋生物は海底に生息するものであって展望台(高塔)を設置して望遠鏡による観察を行っても発見することがそもそも困難であるから、エイに刺されたという本件事故との関係で被告に対し右のような義務を措定することはできないというべきであり、原告の主張は失当である。

最後に原告は、エイ等の危険な海洋生物から利用者の安全を守るため同公園内に医師・救急車を配置すべきであった旨主張するが、本件海浜公園は都心に近く救急車が短時間で到着する位置にあることは公知の事実であるから、被告に対し右のような義務を措置することはできないというべきであり、原告の主張は失当である(なお原告は、前記のように速やかに救急車により搬送され医師の治療を受けたにも拘らず前記のような後遺症が生じているのである。)。

(五)  以上のとおりであるから、原告の国家賠償法二条に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。

(六)  なお原告は、国家賠償法一条及び民法七一五条に基づいても損害賠償請求をするが、前記(二)ないし(四)で述べたと同様の理由により被告の公務員ないし被用者に過失の存在を認めることはできない。

三  まとめ

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判官中野哲弘)

別紙<省略>

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